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ウォーゲーム・メカニクス第7回 ウォーゲームの移動「1」のバナー

前回までウォーゲームの戦闘を考察してきましたが、今回から移動について考えてみたいと思います。
移動というメカニズムを考えるにあたって、まず押さえておかなければならないのは各種スケールと不可分の関係にあるということです。

すなわちマップスケール(距離または面積単位)、タイムスケール(時間単位)、ユニットスケール(対象の規模)です。一般的なウォーゲームにはルールブックの冒頭部分にこれらの記載がなされている場合が多いでしょう。それはプレイヤーに対するデザイナーからの「保証」のようなものだと筆者は考えています。

つまり、このゲームはこういうデータや設定を根拠として、さまざまなことが決められているという保証です。
このことはウォーゲーマーにとってはもはや自明のことであり、普段はあまり意識されないことかもしれません。
しかし、一般的なボードゲームにはこれらの記載がないことのほうが多いでしょう。なぜならボードゲームの場合、明確なデータの裏付けをもとにデザインされることはあまりないと思われるからです(例外はいくらでもあるでしょうが)。

つまり正確かどうか、納得できるかどうかはともかく、さまざまな数値的な裏付けや、史実から極端に乖離しない設定というのは、ウォーゲームの特徴の1つとも言えます。

◆移動力という概念

さてそこで、上記を前提として、もう1つウォーゲームに特有の点を挙げたいと思います。それは移動「力」です。
もちろんウォーゲームではないボードゲームにも移動力という概念が登場するものは数多くあるでしょう。しかし、ウォーゲームのように根拠をもって移動力が設定されているものは稀だと言えます。
たとえば車のコマに3の移動力があるとしても、それはゲームデザインの都合からそう設定されている場合がほとんどです。そしてそれは、動かすコマの設定が必ずしも明確ではないこととも関係します。さらにいえば、コマが動く盤上の距離設定も明確ではありません。

つまり、人間のコマだから1、馬だから2、車だから3、というように、あくまで「他の種別と比較してどれだけ速いか(遅いか)」という相対的な設定に過ぎません。
しかしウォーゲームの場合、各ユニットの移動力を設定する時に、同様の方法で行うわけにはいきません。いや、正確にいえばそのような方法も並行して用いてはいるのですが、まず何より重視されるのは「説得力のある裏付け」ということになります。
たとえば第二次世界大戦のゲームであれば、その当時の教範類などは参考になります。

一例を挙げると、ドイツ国防軍の『戦闘教範※』では徒歩部隊が行軍する場合、1日当たり25kmを目安としています。同様に機械化部隊の場合は150kmから200kmを目処としています。
とはいえ、これはあくまで戦闘が想定されない後方における行軍速度であって、前線での移動は当然この速度ではあり得ません。
では、前線における歩兵師団の前進速度はどの程度かといえば、これには絶対的な正解はありません。考えてみれば当然のことですが、それは敵の戦力や抵抗の度合いによって大きく変化するからです。

したがって、どの程度の移動力が妥当かというのはまさにデザイナーの考え方次第であり、また腕の見せ所でもあります。
ここで重要になってくるのが前述した各種スケールです。1ヘクスの対辺間距離はどの程度で、1ユニットはどのくらいの規模の部隊なのか、そして1ターンは何分、何時間、何日なのか、ということです。
距離に関していえば、作戦級であれば数kmから数十kmでしょうし、戦術級なら数mから数百m程度でしょう。
要するに、距離、部隊規模、時間の要素から、もっとも妥当であろう数値を探っていくわけです。そしてその際、徒歩部隊の1日当たりの行軍速度が20〜25km程度とわかっていれば、自ずと最大値も見えてきます。

前線において捜索や偵察を行いつつ、時には戦闘もあるという想定なら、通常の前進速度はせいぜい数km程度でしょう。
しかし、何もなければ20km移動できる。このギャップをどう埋めるかが「移動をデザインする」ということに他なりません。

一方、上記の行軍速度については後方における移動、ウォーゲームでいえば戦略移動のルールを設定する際には参考になるかもしれません。単純に計算すれば機械化部隊は歩兵部隊の6倍から8倍程度の行軍速度となります。もし歩兵部隊が機械化されておらず、徒歩行軍を基本としていたのなら、戦略移動についてはこれに近い移動比率にするのもありでしょう(たとえば日中戦争とか)。
また上記のことを踏まえれば、作戦級ゲームでしばしば用いられる「鉄道移動」が距離無制限とされることも理解できるでしょう。

このように、ウォーゲームの移動力というものは他のコマとの相対比較だけでなく、データに基づいて設定されているわけです。
またこれは移動力だけでなく、他の数値設定も同様です。そしてこれこそが「史実の再現性」を重視しているウォーゲームの特徴であり、ボードゲームとの差異ということでもあります。

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◆空間の切り取り

さて「移動」を考える上で不可分の関係にあるのが部隊コマ(ユニット)を動かすためのマップです。
ウォーゲームで主として用いられるマップの種類は以下の3つが挙げられます。

  1. ●ヘクス
  2. ●エリア
  3. ●Point to Point(PtP)
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これら以外にも、スクエアや複合型(たとえばスクエアとエリアを併用するなど)もありますが、ひとまず割愛します。
さて、これら3つの区割り方法は、極論ではありますがある意味で同じであり、一方で決定的に異なるともいえます。
ヘクスの特徴はいうまでもなく、隙間なく敷き詰められる正多角形というこことです。同じ正多角形のスクエアと比較して、辺が接する6方向すべてに対して等距離にあり、歪みが生じづらいというメリットがあります。

そしてまた、軍隊の行動を再現するウォーゲームにとって、移動距離を正確に数えられるという点は最大のメリットともいえます。ミニチュアゲームがメジャーを使用して移動距離を測定することに比べて誤差が生じないわけで、それだけ「シミュレーションの確度」が向上しているわけです。
もちろんこれはミニチュアゲームを否定するものではなく、いわばアナログとデジタルの違いだといってもいいでしょう。
一方エリア方式の場合、エリアの形状はデザイナーが任意で決めることができ、したがって接する辺の数も不定です。

しかし、エリア形状は不定でも、すべてのエリアが6方向に接している場合、それはヘクスとなんの差異もありません。そこにあるのは「見た目」の違いだけです。これが「ある意味で同じ」と前述した理由です。

詭弁ではありますが、正方形も長方形も台形も同じ四角形である、というのと似ています。

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ところで、一般的にいえばエリア方式を採用したゲームでは、ユニットの移動力は低めに押さえられる傾向があります(例外はいくらでもあります)。それはエリアを決定する際に地形・地物を考慮して境界線を設定することと関係があります。

わかりやすい例としては、平地のエリアは広く、山岳などの難地形のエリアは狭くするなどが挙げられます。つまりエリアの場合は地形コストも内包していることが多いわけです。
これはエリア方式のメリットの1つです。たとえば隣接エリアにのみ移動できる設定の場合、プレイヤーは移動コストを意識することなく、平地ならより遠くへ移動できるわけです。
またこのことは、仮にマップ上に地形的な差異がないのなら(一面平原や砂漠の場合)、エリアにするメリットは小さいともいえます。それはヘクスと何ら変わりはないからです。

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これに対してPtPとエリアは近い関係にあります。連接する数は不定であり、距離も任意で変更することができます。同じ10kmでも、山がちな地形と平地だけでは移動時間が異なって当然です。したがって、平地であれば2ポイントのところを山地は間に数ポイントを追加する、あるいは移動線に追加コストを課して表すこともできます。

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そしてこのポイントとポイントを結節する「移動線」の存在こそが、エリア方式との大きな違いともいえます。ビジュアル的に線の長さを変えることで距離の遠近を実感させることもできますし、移動線に様々な効果を付与することもできます(たとえば色を変えることで河川の効果を付けるとか)。
以上をまとめると、ヘクスは定型・等面積であるのに対して、エリア方式は不定形で面積も一定ではありません。またPtPはそもそも面積という概念がなく、特定地点との繋がりを重視した方式ということになります。

そして重要なのは、これらの差異およびメリット・デメリットを比較した上で、デザインにあたっては最善の方式を採用するということでしょう。
次回は「移動」についてもう少し深掘りし、移動の不確実性や進化した移動ルールなどについて考察してみたいと思います。

《コラム》盗作と著作権について

先日、ネット上でボードゲームの盗作問題についての討論会がありました。興味深いテーマだったので拝見していたのですが、そもそも「盗作」というものの定義が明確でないまま進行していたように見えました。

実のところ、何をもってボードゲームの「盗作」というかについては難しいところだと思います。法律的な解釈は専門家ではないので詳しく触れませんが、一般的には「アイデアは著作権法で保護されない」ということはよく言われるところです。したがって個別のメカニズムそのものには著作権を主張できないと考えるのが妥当だと思いますが、それらの集合体としての「ルール」は、果たして本当に著作物にあたらないのかというのは個人的には疑問に思うところです。

つまりアイデアの複合体であり、かつ著作者の何らかの思想が反映された創作物であれば、それは著作物と言っていいのではないかと思うわけです。
これは、ウォーゲームとボードゲームの微妙な差異ともいえるところではないでしょうか。
やや極論かもしれませんが、ボードゲームはルール・システムを100%流用して、別のテーマを乗せても成立しうる傾向にあるといえます。なぜなら、多くのボードゲームではキャラクターや設定などはフレーバーであることが多く、システム設計が先行することのほうが多いと思うからです(もちろん例外は多々あるでしょう)。

例えば『ドミニオン』におけるカードの絵柄と題材をSFに置き換え、ルールやシステムをそのまま流用してもゲームは問題なく成立するでしょう。
ところが、ウォーゲームの場合はそう簡単にはいきません。
なぜなら、大抵のウォーゲームは「再現」しようとするものが存在するからです。これまでも何度も述べていることですが、これこそがデザイナーの史観であったり、あるいは思想そのものの反映に他なりません。

『ぱんつぁー・ふぉー!』のシステム・ルールを100%流用して空戦ゲームを作ろうと思っても、まずそれは成功しないでしょう。
しかし『ぱんつぁー・ふぉー!』のシステム・ルールを100%流用し、指揮官のコマだけアニメのキャラクターから実在する戦車指揮官に変更した場合、ゲームとしては問題なく成立します。
つまり法律的な解釈はともかく、明確に「盗作」と呼べるのはこのレベルの話ではないか、と思うわけです。

一方で、『ぱんつぁー・ふぉー!』のいくつかのメカニズム、たとえば射撃関連のルールはそのまま流用し、カードの内容や構成、および枚数を変え、ビジュアル面もすべて新たに作ったものは「盗作」とは言い難いでしょう(作者によってはモヤモヤする人もいるかもしれませんが)。
詰まるところ、ウォーゲームには再現する事象があり、それに対する作者の考えがゲームに反映されるために100%の丸パクリは起こりづらく、またそれ故に(個人的には)ルールそのものも著作物であるといってもいいのではないか、と考えています。

  • 【注釈】

  • (1):ドイツ国防軍陸軍統帥部/陸軍総司令部編纂 旧日本陸軍/陸軍大学校訳 大木毅監修・解説『軍隊指揮 ドイツ国防軍戦闘教範』 作品社
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2021年6月20日発行 第159号

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